成功する人に育てる
~ 大谷選手の活躍 ~
どの様な子育てが、「成功する人」の人格を育むかは色々な論議があります。大谷選手の活躍は称賛するとともに、そのプロセスには学ぶべきものが多くあります。その事例も含めて「成功するひとに育てる」考察をしたいと思います。
最近の私立幼稚園、小学校の説明会で目立つ言葉は「自己肯定感」です。かつて、各校長・園長はIQよりEQと言っていましたが、今は「自己肯定感」です。知的能力だけでなく「やり遂げる力」が大切であるとも言っています。おそらく、入試のとき、ペーパーテストに代表される「認知能力テスト」で高い得点を取った子どもが、必ずしもその後伸びないのを目の当たりにしているからでしょう。
「自己肯定感」という言葉は一般社会でも広い意味で使われています。ビジネスにおけるプロジェクトや人生を成功させるためには何は必要なのでしょうか。
では、この「自己肯定感」とはどのようなものであり、どの様にしたら「成功する人に育てる」ことができるのか、発達心理学の知見から整理してみます。
自己肯定感は自らの在り方を積極的に評価できる感情ですが、類似概念として自尊心、自尊感情、レジリエンス、自己効力感などがあります。
成功するために不可欠な要素
IQなどで測れる能力を「認知的能力」と呼びますが、IQ等で測れない能力を「非認知的能力」と呼びます。何かを成功させるために大きな要素になっているこの「非認知的能力」の根源は何でしょうか。
- 生まれながら持っている「気質」
- 生育過程で育んだ「自信」と「問題解決能力」
生まれながらの「気質」と思われているものでも、実は生まれてから後天的に作り上げられる場合もあります。育つ過程で色々なことを体験して得た自信とスキルは、らせん状に生育して、自己効力感(何かできるという感覚と自信)に繋がっていきます。
乳児期に形成される気質
乳児院での実験について紹介します。
(以下 『子どもへのまなざし』佐々木正美著 117pより抜粋)
「半世紀ほど前の研究ですが、乳児院での授乳についての実験があります。
- 規則正しく定時授乳を護るグループ(深夜には決して授乳もだっこ等もしない)
b.子どもが望むたびに授乳をするクループ(だっこ等も含める)
aのグループではおおむね一週間前後で、翌日の朝まで泣かないで、おっぱいを待てる子になるそうです。しかし、その後の追跡観察によると、直ぐに翌日迄泣かないで待てるようになった子どもは、「困難をすぐに回避し、困難を克服する努力をすぐに放棄する子どもに成長していった」のです。三日にしろ、二週間をこえてにしろ、結局はだめなものはだめだということで、泣きやむしかなかったということは、子どもの心に周囲の人や世界にたいする漠然とした、しかし、根深い不信感と自分に対する無力感の様な感情をもたらしてしまうということです。
それにたいして、泣くことで自分の要求を表現すれば、その要求が周囲の人によって、満たされることを体験し続けた赤ちゃんは、自分をとりまく周囲の人や世界にたいする信頼と、自分に対する基本的な自信の感情が育まれるのです。」(抜粋終了)
子育ては生まれてからの両親(特に母親)の無償の愛から始まります。満たされることを体験し続けた赤ちゃんは、自分を取り巻く周囲の人や世界に対する信頼と、自分に対する基本的な自信の感情が育まれるのです。
子どもは生後2ヶ月を過ぎたころまでに「外界に対する基本的信頼感」、生後1年までに「自分に対する基本的信頼感」を育むと言われています。これらは人生を歩み出すのに必要な二本の心理的な足となります。
「基本的信頼関係」
最も著名な発達心理学者E.H.エリクソンは、人の発達サイクルを乳児期、幼児期前半、幼児期後半の児童期、学童期、思春期、青年期、若い成人期、壮年期、老年期に分けました。それぞれ発達段階には乗り越えなければならない発達課題(クライシス)があり、ライフサイクルのそれぞれの段階で、それ以前に習得した課題を駆使しなければ次の発達課題(を乗り越えることはできません。発達段階に飛び級は無いのです。
乳児期(0歳~2歳)の発達課題は親子の「基本的信頼関係」であり、幼児期前半(2歳~4歳)の発達課題は「自律」であり、幼児期後半の児童期(4歳~7歳)の発達課題は「自主性」です。
愛着の形成:
0歳から2歳までの間に母子間(または代わりの人)との「基本的信頼関係」(別の表現で言うならば、安定した愛着関係)に失敗した場合は、将来色々な問題を引き起こすことになります。家族の「愛」は乳児期を過ぎても当然必要で、育児の基本です。
具体的なケース1:
親と子の基本的信頼関係(健全な愛着関係)が築けていれば、子どもは親(特に母親)を「安全基地」と認識し、子どもは色々な冒険ができます。この冒険により子どもは経験を積み上げ、スキルを向上させたり、自分の可能性と限界の値踏みができる様になったり、自分に自信を持てる等になります。これが、自己肯定感の始まりであり、自分で出来るという自己効力感のベースとなるのです。また、これらのプロセスの繰り返しにより、前頭前野(前頭葉の中心部分)の自己調整機能(実行機能)を高めるのです。
具体的なケース2:
躾においても、親子間の「安定した愛着関係」があれば、子どもは自分を愛してくれる親(特に母親)が言うことには守ろうとする気持ちになります。ですから、繰り返し大好きな親から発せられるお約束を必死で守ろうとする気になるのです。また共感する親の行動を模倣しようとします。子どもとの共感感情を育てず、愛情を感じさせないで、基本的信頼関係を築かないで、ただ高圧的に抑え込んでも、表面的には親の前ではおとなしくしても、親の目が届かないところで羽目を外したりします。例えば、家庭では従順な子が、保育園や幼稚園や学校では大暴れする事例も多いのです。
数年前のことですが、成田→ロサンゼルスの便を利用しました。隣はアメリカ人の母親とまだ2歳にも届かない金髪の女の子でした。私の関心は、この長い飛行時間をこの母子はどのように過ごすかということでした。母親はお気に入りのお人形、色々なおもちゃと絵本等を沢山持参して、絶えず子どもに話しかけ、子どもと遊び、読み聞かせをして、子どもが崩れそうになると抱きしめて「Be patient!(我慢してね)」と諭し、励ます。このサイクルを何回か繰り返すと子どもは眠り、また目覚め、同じサイクルを繰り返す。「Be patient!」。何度聞いたことか。おそらく20回は下るまいと思われます。多分この様な体験を積み重ねてこの子は「忍耐」という行為を身に付けていくのでしょう。その数か月後、ある空港ラウンジでの深夜の乗り継ぎでの待合のとき、日本人の男の子がはしゃいでいて、親は無関心で、疲れていた様で、何も注意しないでタブレットを見ていました。小さな空港で、待合室のそばに荷物検査の機械があり、係員はおりませんでした。その男の子は何としたことか、その機械の荷物を通す通路の中に入って遊び始めました。それでも親は知らん顔。流石に傍にいた老齢の女性が注意して止めさせましたが、親は最後に一発怒鳴るだけでした。
社会のルールはその現場で丁寧に、分かるように、根気よく教えて、やがて言われなくても自分でできる様に実体験の中で繰り返さなくてはいけません。例えばATMを一緒に並ぶとか買い物でレジを並ぶとか、コロナ下でも実体験を積み上げる機会を作らなくてはなりません。小学校受験においても、待っている時間も考査の内ですから、はしゃがないで待てるように慣れておかなくてはなりません。しっかり見られています。園や学校側は、結局預かって手を焼く子は避けたいのです。ですから、認知テストができても広い意味での行動観察の結果落とされる子どもが多く存在します。幼稚園受験の場合でも、親子面接の間、きちんと着席していられなかったり、または幼稚園によっては親の前で立っていられない子は合格を貰えません。モンテッソーリ教育では「静粛練習」という時間があります。これは、自己コントロール、自分を律する活動です。椅子に座って、または立って、目を閉じて静粛にする練習です。落ち着きのない場合は、家庭で行って、少しずつ慣れてみてはいかがでしょうか。
話がそれてしまいましたが、つまり、冒頭に述べました様に、0歳~2歳までの間に親子(特に母親)との「基本的信頼関係」を構築しなければ、親を安全基地とみなしての外界との関わりの活動が少なくなり、また社会のルール順守や忍耐する力を育む機会が少なく、自己調整機能(実行機能)を育むことができません。ですから、エリクソンの示す幼児期前半(2歳~4歳)の発達課題の「自律」に進めないのです。
発達段階には飛び級がありませんので、「基本的信頼関係」の構築は年齢が上になっても、そこからやり直さなくてなりません。親に愛されている、家族に愛されているという感情は幾つになっても必要なものです。それは、後述する自己肯定感やレジリエンス、さらに自己効力感とも深く関係があります。
最悪なケースは、遅れた愛着を取り戻そうとして、ある年齢から過保護になったり先回りしたりして、子どもの自律や自立の芽を摘むことです。
今回のメインテーマは自己肯定感です。しかしながら、通常広義で使用されていて、混同されている場合が多いので、同類のコンセプトを一度整理します。
自尊心:
他人から評価され認めてもらいたいという感情。
例えば、上司や友人に酷い批判をされた時、「自尊心が傷ついた」とは言いますが、「自尊感情が傷ついた」とは言いません。自尊感情については後述します。
自己肯定感(SELF-POSITIVITY):
日本では自尊感情も自己肯定感もほぼ同じ意味で使われていることが多い様です。混乱もあるようです。ここでは敢えて分けて使用します。
安定した愛着を形成した人は、自分の存在を肯定的に受け止められる。自己肯定感が高いと感情が安定し、人生で起きる様々なことをポジティブにとらえられます。
安定した愛着を持ち、親にいつも見守られているということは、親を安全基地として認識で、安心して自分で様々な活動を行い、その過程で自分に何ができるか、どの様にすればよいのか等の体験を蓄積し、自信を深めていきます。また、自ら何かにかかわる経験は、脳の「自己調整機能(実行機能)」を高めていきます。
つまり、自己肯定感は乳児期に形成された気質と生育過程で経験を通して育んだ「自信」と「問題解決能力」や「自己調整能力」が合体したものです。
セルフエスティーム(自尊感情 SELF-ESTEEM):
自分が自分のありのまま受け入れようとする感情。
例えば、「私はとても大事な存在で、色々短所もあるけど、沢山の長所もあるから大丈夫。だから、これから困難に出会っても諦めないで努力する。もし失敗しても一所懸命努力できた自分が好き」と思える事。自分が自分のありのまま受け入れようとする感情。
つまり、誰にでも長所、短所はありますが、自尊感情は自分自身を価値あるものだと思える気持ちです。自己肯定感と同意語として用いられる場合も多いようです。安定愛着群の自尊感情は高く、不安定愛着群の自尊感情は低いといわれています。自尊感情が高いことは「成功」条件の一つです。
セルフエステーム(自尊感情)を直訳すると「自己評価」ですが、人はそれぞれ大切に思うものが違うので、形式的な一律の評価を当てはめるのではなく、自分は自分であるのを良しと思える感情です。例えば将棋の藤井聡太八段と野球少年と医師を目指して勉学する青年とでは大切に思う価値は異なるので、自己評価も異なってきます。
レジリエンス(復元力 RESILIENCE):
困難から回復、再生する力。セルフエスティームとレジリエンスは成功する人の基本条件です。
愛着はセルフセスティームだけではなく、レジリエンス発達にもとても重要です。自分の能力を信じるセルフエスティームを土台にし、多くの場合、試練の前の状態よりむしろ成長し、強いレジリエンスを発揮させるのです。要するに、ボールに例えると、弾みやすい素材であるゴムボールがセルフエスティーム、試練や困難がボールに与えられた力、力が加えられる前の位置より高く弾き返せるのがレジリエンスだと理解するといいでしょう。この時に愛着は、ゴムボールの中の空気の量だと考えるとよいでしょう。ボールの中の空気が足りなければボールは勢いよく弾きません。すなわち、多くの心理学の研究から証明された様に、愛着はセルフエスティームとレジリエンスに強い影響を及ぼしているとても大事な役割を果たしているのです。
1955年より、アメリカの精神科医、心理学者達が集まり、ハワイのカウアイ島に生まれた子ども達698人を生涯に渡って追跡調査を行いました。この研究は当時はどのような要因が社会的不適応者にさせるかに関心があって行ったのですが、この研究を主導していたアメリカの心理学者であるアミ―ワーナー教授は予想もしていなかったことを見つけ出すのです。研究対象の中でも劣悪な環境にある201名を選び、研究を続けていたのですが、3分の1にあたる72名の子ども達は非行に走るどころか、むしろ裕福な家庭で、なおかつすべての教育条件を備えた環境で育ったかのように立派に成長していました。そして、このように劣悪な環境にも負けずに克服できる力をワーナー教授はレジリエンスと名付け、これがレジリエンス概念の誕生のきっかけとなったのです。また、ワーナー教授はもう一つの共通点を見つけるのですが、それは、レジリエンスの高い人たちの幼少期には例外なく、どんな時でも、どんな状況でも、まず子どもの立場を無条件的に理解し、受け入れてくれる大人が必ず最小限一人は存在していたということです。つまり、母親、父親もしくは両親がアルコール中毒などの精神病を患っていても、両親の離婚や別居などによる貧困な生活を送っていても、誰か最小限一人が、子どものことを無条件に理解し、愛情を注ぐ人がいればその子は将来、高いレジリエンスの持ち主となり、きちんとした目標意識をもって高いセルフエスティームを働かせ、期待される位置にまで登れる可能性があるのです。
自己効力感(セルフ・エフィカシー SELF-EFFICACY)
目標に対し、「自分は目標を達成することができる」という感覚とその手段を整理し、努力できる感覚を言います。大谷選手はまさにそれを体現した結果です。
目標を達成した場合、成果として何が期待できるかが想定でき、そのためにはどの様なスキルが必要か、何をしなければならないかを予測し、それが出来るかできないかという感覚で、自己効力感が高い人ほど、意欲的に取り組み、その過程で、自分や周囲の環境も変えていくことができます。行動の選択、決定、維持に影響する感覚です。
この自己効力感を高めるためには①直接的な成功体験の積み重ね、②モデルになる人の成功体験を知り代理的な体験をすること、③社会的・言語的説得、周囲の励ましをうけること等が有効です。また、その人の物事のとらえかたにも影響を受けます。何事にもプラス面を見い出せるのか、ネガティブに捉えるのか。ネガティブにとらえてばかりいると、自己効力感は得られません。
この手法は、近年、ビジネスの世界においてキャリアコンサルティングの世界でも注目されています。この場合も、高い自己効力感のベースには、高い自己肯定感、セルフエスティーム、レジリエンスがあり、その大元は愛着形成にあると言っても過言ではないようです。例えば、成人しても、家族の愛の支えがあれば頑張れるのです。
ただし、幼~高迄の教育現場ではこの自己効力感の概念はまだあまり使われていません。
恐縮ながら、具体的な事例のために私事を話します。
私が通っていた学校は中・高のとき公民の授業は卒業生を招聘していました。中学のとき慶應大学から招いたのが卒業生の加藤寛でした。彼はその後ハーバード大学院に留学することになり公民の講師の職を辞しました。後に藤沢SFC創設に尽力し、初代の総合政策部の部長となりました。また、歴代の内閣の経済政策ブレーンとなり、勲一等の褒章を受けています。私が慶應大学に進学してから加藤先生のゼミ生になり、多くを学びました。加藤先生の後任の公民の教師もやがてヨーロッパの大学院に公費留学することになりました。専攻は哲学でした。その先生は留学のモチベーションについて「私は凡人だが、非凡な凡人になろうと努力してきた」とおっしゃいました。この言葉は私の胸を刺しました。自分も「非凡な凡人になろう」と漠然と思いました。
この二名が私の目指す人物像となり、やがてアメリカの名門大学院に留学しようと思いました。人生のモデルができたのです。これは、自己効力感の理論で言う、代理的体験です。また、私は当時学校の勉強がつまらなくあまり勉強もしなかったのですが、親から否定的なことを言われたことが無く、自分は自分でいいと思っていました。しかし、留学したらどの様なメリットがあるのか、留学するためには何が必要かという分析はできて、それに向かって着々準備しました。これは自己効力感の理論を築き上げたパンデューラが示す、行動決定の要素である、「効力予測」と「結果予測」に相当するものです。
尊敬する人の自伝を読むことはその人の代理体験をすることになります。例えば、「福翁自伝」を読むことは福澤諭吉の代理体験をすることになるのです。慶應幼稚舎や横浜初等部ではその感想が求められていることは皆様もご存じのことです。
パンデューラの「自己効力感」の理論は、成功哲学の理論と近似しています。なりたい自分をイメージして、言語化すると行動は自ずから影響を受けて、成功に近づく行動をする。そのため、自己が変化し、環境も変化していくのです。
更に言及するならば、真言宗の宗祖空海が唱えた、三密つまり、身(行い)、口(言葉にする)、心(心に思う)の一体化は、行動を変え、現実を心の思う通りに変える方法なのです。人によってはこれも成功哲学の一種と言います。もちろん、仏教においては、心に大日如来=宇宙の真理を思い、口で念仏を唱え、手を合わせ祈れば、救われるという教義であると思います。(仏教系の小学校もあります)
2025年5月9日
文責:GLE(Global Leader Education)主宰 安藤 徳彰